2nd Fridayはオールナイトで弾けよう!

2014年3月7日

私が進撃の巨人に興味を持った理由と感想

カテゴリー: 未分類 — hosinkanjya @ 1:21 AM

私はマンガを見ることがもともと好きなのですが、最近は仕事のほうが忙しくて、なかなかマンガを見る時間というのはとれませんでした。

そんな私が最近久々にマンガを観たいと思わせたのが、進撃の巨人という作品です。

私がこの作品を知ったきっかけというのは、たまたま同僚にマンガなどのサブカルに妙に詳しい人がいたのですが、その人が強くすすめていたのが進撃の巨人だったのです。でも一度マンガを借りてパラパラと読んだのですが、第一印象は絵が独特なので、あまり読む気はしないな、ということで未読のままだったのです。

本格的に進撃の巨人を見だしたのは深夜時間にアニメがあっていたのですが、それを偶然みる機会があったからでした。話がすすむごとにだんだんとハマりだして、進撃の巨人無料視聴.comというサイト経由で全ての動画を見てから、この作品の内容の深さに漫画版でもぜひ読んでみたいという気持ちにさせられました。

早速本屋にいって進撃の巨人が平積みされているのを購入して、家で読みはじめました。進撃の巨人というのはフィクションで、主人公が巨人と戦うという物語なのですが、どこか自分が生きている世界に似ているところがあり、今日感が持ているところがあります。

この作品の中の人類というのは強固な壁の中で生活しているのですが、その中で主人公は壁の外の世界を見てみたいという衝動に強く駆られます。これは、今、海外留学をしたいと思う学生が減ってきている日本の状況がパラレルで重なりあうのです。

そして、歴史が示すとおり、外の世界に興味を持ったもの、坂本竜馬のような人物が日本を変えていったように、歴史と重なりあう部分がああるという点でやはり進撃の巨人は面白い作品だと思うのです。

2014年3月3日

忘れられない庭での光景

カテゴリー: 未分類 — hosinkanjya @ 12:08 AM

私が小学5年生のときのバレンタインデーは、今でもはっきり覚えています。

4年生からはじまる、クラブ活動で私はトランペットクラブという、鼓笛隊のクラブに入部しました。そのクラブにいた先輩がN先輩。当時人気のあった水谷豊さんに似ていて、カッコイイのでモテていました。

バレンタインデーに、私と友人はN先輩にチョコレートを渡そうと話し合いました。ところが、学校がその年から、チョコレートやプレゼントを学校に持ってくることを禁止したのです。

私たちは、N先輩の家を友人に訊いてつきとめ、バレンタインデーの1週間前には下見をしていました。友人が近くの公衆電話から電話をかけて、庭先へN先輩を呼び出し、私がふたり分のチョコレートを渡す、という計画を立て、その日がきました。

学校が終わってN先輩の家まで行き、近くの公園で様子を見ているとN先輩が家に入っていきます。私はN先輩の家へ向かい、友達は公衆電話に入りました。ふたりともものすごくドキドキしていました。N先輩の家は農家で、とても広い前庭がありました。母屋の脇には納屋があり、農機具などが見えました。

その家に私が近づいていくと…N先輩のおじいちゃんが、庭先に新聞紙を広げてしゃがんでいます。何をしているのだろう…。先輩が出てきちゃうと、プレゼント渡さなくちゃいけないし、どうしよう…。

そう思いながらおじいちゃんを見ていると、手に持っている白いモノから真っ赤な血が垂れているのがわかりました。おじいちゃんは、ニワトリを絞めていたのです。もう、首は切られていて、足を持って逆さにし、血を抜いているところでした。

私は「ひえええ!」と叫びそうになりながら公衆電話までダッシュし、結局その日はチョコレートを渡せませんでした。

今でも、逆さづりのニワトリは目に浮かびます(泣)。

2014年2月9日

畑仕事のあとの晩酌と口癖は「上等、上等」

カテゴリー: 未分類 — hosinkanjya @ 6:19 AM
父方の祖父は甲府の農家でした。畑で野菜を作っていました。こどものころ私が祖父に会うのは、正月と夏休み。夏休みの祖父の思い出を書きます。
畑仕事の朝は早いです。私は寝坊のほうでしたから、祖父の家に泊まって、朝起きると祖父はたいがい、すでに畑に出ていました。私は服だけ着替えると、畑にいる祖父のところに行って「おはようございます」と朝のあいさつ。最初は、母から「あいさつに行きなさい」と言われて行くようになったのですが、すぐに習慣になり、畑でのあいさつが楽しみにもなりました。
祖父は「おーう。おはよう」とにっこり笑って、私のお尻をポンとてのひらでたたきます。「なんでおじいちゃんは、僕のお尻をたたくの?」と聞いたことがあります。すると祖父は「畑仕事で手に土がついてるから、頭はなでられないだろ」。
そんなところに祖父の人柄が表れていると、今にして思います。
夕方、畑仕事から祖父が戻ってくると、まず風呂。それから晩酌。その時間にあわせてわれわれは夕食ということになります。この祖父の晩酌が、強く記憶に残っています。
夏だったからでしょう、いつも日本酒の冷やでした。肴は煮豆やホウレンソウのおしたし、メインはいつも「厚揚げ」。網でこんがり焼いてしょうがをたっぷり、しょうゆをひと垂らしして食べます。
見ているとあまりにおいしそうなので。私も少しもらって食べたことがあります。けれど、それは残念ながら、こどもにわかる味ではありませんでした。
祖父はその厚揚げを「上等、上等」と言いながら食べます。それから、われわれのために祖母が用意してくれたマグロの刺身を、祖父も3切れほど食べて、これも「上等、上等」。祖父はマグロは赤身しか食べませんでした。
大正生まれ、兵隊経験のある祖父のその口癖は、長い人生のつまった素敵な言葉だったと思います。厚揚げや赤身をごちそうと感じ、「上等」とほめる。祖父は、清潔ですがすがしい人間だったと思います。
「おはよう」と言って尻をポンとたたく。あの頼もしくやさしいてのひらの大きさを、はっきり覚えています。

父方の祖父は甲府の農家でした。畑で野菜を作っていました。こどものころ私が祖父に会うのは、正月と夏休み。夏休みの祖父の思い出を書きます。

畑仕事の朝は早いです。私は寝坊のほうでしたから、祖父の家に泊まって、朝起きると祖父はたいがい、すでに畑に出ていました。私は服だけ着替えると、畑にいる祖父のところに行って「おはようございます」と朝のあいさつ。最初は、母から「あいさつに行きなさい」と言われて行くようになったのですが、すぐに習慣になり、畑でのあいさつが楽しみにもなりました。

祖父は「おーう。おはよう」とにっこり笑って、私のお尻をポンとてのひらでたたきます。「なんでおじいちゃんは、僕のお尻をたたくの?」と聞いたことがあります。すると祖父は「畑仕事で手に土がついてるから、頭はなでられないだろ」。そんなところに祖父の人柄が表れていると、今にして思います。

夕方、畑仕事から祖父が戻ってくると、まず風呂。それから晩酌。その時間にあわせてわれわれは夕食ということになります。この祖父の晩酌が、強く記憶に残っています。

夏だったからでしょう、いつも日本酒の冷やでした。肴は煮豆やホウレンソウのおしたし、メインはいつも「厚揚げ」。網でこんがり焼いてしょうがをたっぷり、しょうゆをひと垂らしして食べます。見ているとあまりにおいしそうなので。私も少しもらって食べたことがあります。けれど、それは残念ながら、こどもにわかる味ではありませんでした。

祖父はその厚揚げを「上等、上等」と言いながら食べます。それから、われわれのために祖母が用意してくれたマグロの刺身を、祖父も3切れほど食べて、これも「上等、上等」。祖父はマグロは赤身しか食べませんでした。

大正生まれ、兵隊経験のある祖父のその口癖は、長い人生のつまった素敵な言葉だったと思います。厚揚げや赤身をごちそうと感じ、「上等」とほめる。祖父は、清潔ですがすがしい人間だったと思います。

「おはよう」と言って尻をポンとたたく。あの頼もしくやさしいてのひらの大きさを、はっきり覚えています。

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